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私のルーツ -木村了子編-

1997年、私は大学院を修了し、修了制作(インスタレーション)でちょっとした個展を開いてから、先輩の紹介で書籍の編集補佐として出版社に勤務することになった。
並行して作品制作もしていたけれど、出すコンペに幾度か落ちたり、方向性に悩んだりと進まない一方で、編集業はバイトから始めたものの思いの他楽しく、充実していた。やりがいのある仕事、毎月入ってくるお給料、このまま編集者として出版に携わるのもアリなのかな。。と思い始めていた頃、私は1本の映画に出会った。
 
その映画は、「温泉スッポン芸者」。ちょうど私が生まれた年・1971年制作の東映ポルノ映画である。
出演:杉本美樹 監督:鈴木則文 脚本:関本郁夫


私はこの映画に、ものすっごい衝撃を受けた。

 
ストーリーは、京都の偽女子大生がとある温泉地の芸者となり、これが一度吸い付いたら離れないという名器の持主でスッポン芸者として名を轟かすことになる。同じく女を食い尽くす女衒の竿師と衝突、セックス勝負をすることになり。。。という限りなくしょうもないもの(笑)。
でも、「トラック野郎」や「緋牡丹博徒」を手がけた天才・鈴木監督の手腕は本当に素晴らしく、くだらないエロネタが天才監督にかかれば、こんなに素晴らしく芸術的な娯楽映画になるとは。。。あまりの面白さに見ていて震えが走ったのを覚えている。時代性はあったが、古くささは全く感じなかった。
 
この映画の名物ワンシーンに、主演女優が演じるスッポン芸者が、日本髪の芸者姿のままバイクにまたがり、生足をあらわにカッ飛ばすシーンがある。


 
コレを見たとき、空いた口がふさがらなかった。もうただ、呆れるほどカッコイイ!!!
BGMのテーマ曲も凄い。。
「こ、コレ描きたい~!!」という衝動が私を襲い、その年の年賀状にプリントごっこで浮世絵風に版画を制作してみたりした。その後もモチーフとして、私は何度もこのシーンを描いた。

桜街道花魁道中図「ブッ飛ばせ!」 ステンドグラス


このシーンだけでなく、女優さんたちが演じる芸者たちのあっけらかんとしたセックスへの前向きな価値観には、女の性に描かれがちな悲壮感は全くなかった。むしろカラッとした女の強さや図太さが浮き彫りにされていて、私は彼女たちに共感し、感動した。当時の私の、求めていた「女性像」であったのだと思う。
 
今まで、絵を描くなら「人間」が一番興味をそそられるモチーフであり、美大の授業でも人物を描くのが一番好きだった。でも、「アーティスト」として人間の「何」を表現したいのか、イマイチつかめずにいた学生時代。
この映画を見たときに出た衝動は、何かその「描きたいもの」の一端をつかんだように思えた。理屈じゃなく、こんな絵が描きたい…!素直にそう思ったのだ。
 
月飛行 おいらん道中図  紙本着彩


ところで、この映画の脚本の”関本郁夫”氏は、実は私の父だったりする。映画監督として「極妻」等も手がけていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれない。
私は父の著書『映画人(カツドウヤ)列伝』でこの映画については知ってはいたが、なにぶん古い映画でずっと見る機会はなかった。そして当時この映画がビデオ化しているのは当人も知らなかったらしく、私も偶然ツタヤで見つけて、借りて観た。

初めてこの映画を見た私の年齢は、偶然にも当時父がこの映画に携わっていた年齢と同じであった。私と同じ年齢の頃、こんなに凄い作品に関わっていた父。そして、美大に進学してアーティストを志しながらも、編集業についている私。なにか、もやもやしたものが私を襲った。
 
その後、「東映ピンキーバイオレンス映画」と称されるそれら一連のポルノ映画をとにかく漁っては観まくった。当時の東映の表舞台では「任侠映画」の黄金期、そのB面で作られる一流のポルノ。どの作品も震えが来るほど面白い!濃厚なエロティズムの中に見え隠れする「人間の本能」の表現は、凄まじくも可笑しく、そして美しかった。

しばらくして出版社をやめ、制作に専念することにした。
私は学生時代にヨーロッパ旅行で実物を見て衝撃を受けたゴシック期のステンドグラスの技法で、本格的に作品を作り始めた。宗教芸術であるステンドグラスの「聖」を、エロティックな「性」に置き換れば面白い表現ができるのでは…?というアイディアが浮かんだのは、これらの映画の影響が大きいだろう。今までに受けたさまざまな影響がシンクロし、やりたいことがまだ拙いながらも明確になってきた。
※参照:「私の春画考(別冊太陽)」

歌比丘尼悲願 男千人枕供養姫始め之図 ステンドグラス


同じ頃、父が映画人生初の自主企画での映画制作をやることになり、奮闘していた。伊藤晴雨と竹久夢二が取り合ったという大正時代のヌードモデル、「およう」の話である。私は晴雨は以前から好きで本も幾つか持っていたので、父の誕生日に資料提供と共に、晴雨を模写したステンドグラス作品をプレゼントした。それがきっかけで伊藤晴雨の作画を協力することになり、そこで初めて日本画の技法と出会う。これが今の制作スタイルと直接繋がっている、実質的な私の「ルーツ」となった。
 
おそらく、それ以前に「温泉スッポン芸者」を観ていなければ今の私の作品はなかったように思う。「およう」の晴雨色も含めインパクトが強すぎてしばらくはその影響から脱出できず、その後一人のアーティストとして芽生え始めた「自我」と戦うことにもなったが、それは私の作家としての成長であったと前向きにとらえたい(自分で言うのもなんだけど)。
 
およう 縛り四連襖絵



私が幼い頃からつい最近まで、映画監督としてあり続けた父。家庭人としてはちょっとアレな困った人だったためか、若い頃、私はその存在や才能を尊敬しつつもどこか父を否定していたところがあった。単に若さから来る青い反抗心であったとは思うが、「スッポン芸者」は自分と同じ年齢の父と自分を比較して、リアルにその才能を感じた最初の機会だったかもしれない。

色々とものすごいルーツ、財産をもらったものだと改めて思う。感謝してもし足りない。。はずなんだけども、ものすごく感謝しているかというと、そうでもなかったりする。
なんというか、私自身が「親」の年齢になってわかったことだが、娘にとって「父」とは超えるものではなく、「踏みつけ」ていくものなのだ。と、「娘」の父となった男友達や弟を見ていると、つくづくそう思うようになった。なんて、父よ、ごめんね!
 
最近はちょっと映画から離れ、つい最近前立腺の手術を受けた父。順調に回復中であるが、ここ最近、手術のみならず父にはいろんな出来事や事件があった。メガホンをもつ姿も久しく見ていないが、機会があれば、今の父の撮る映画を見てみたい。と、ファンとしても、娘としても思っている。

雪責め (伊藤晴雨 模写) ステンドグラス


by gekitotsuten | 2011-02-02 16:10 | ブログリレー「ルーツ」 | Comments(0)
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